ドラクロワ枢機卿の顔から先程までの敬虔な表情は消え、欲に濁った瞳から冷徹な光が放たれた。しかしやっとの思いで顔を持ち上げているアグリアスには枢機卿のでっぷりと太った腹部しか見えていなかった。
「それは聞いたっ!」
「失礼。正しくはオヴェリア王女が邪魔なのですよ。だから消えてもらうのです。あなた共々ね」
「なん・・・だと!貴様!北天騎士団の手先に成り下がっていたのか!」
「ふむ。そう見えますか。しかし勘違いしないで下さい。私は彼らと一時的な協力関係にあるだけなのですよ」
「同じ事だ!考え直せ、枢機卿!これは王家に対する重大な反逆なのだぞ!」
「その王家がお望みなのですよ。オヴェリア様の死をね」
「ふざけるなっ!そんな事が・・・!」
「アグリアスさん、あなたにはこの城で死んで頂きますよ。あの世に一緒に旅立てないのは可哀想ですが、一足先に行って主を迎えるのもまたよろしいでしょう」
「させるものか!」
床の上で暴れるアグリアス。三人の大男をすら跳ね飛ばさんという勢いだ。
そこに、部屋に入ってきた者がいた。
「イーですかね、枢機卿さン」
「おーお、そうでしたね」
「!?貴様っ!ガフガリオン!」
始め、驚愕で見開かれたアグリアスの瞳は、すぐさま激しい憎悪をはらんだものに変化した。
「おいおい。そんな目で見ンなって。こないだも言ったろ、これがオレの仕事なンだよ!」
「アグリアス・オークス。最期に奉仕活動を行うことを許可しましょう。天の国へ行けるように、祈ってさし上げますよ。飢えた者たちのためにその身を捧げ、精一杯勤めるのです」
「殺すならさっさと殺すがいい!何をさせる気か知らぬが、貴様のような売僧(まいす)に祈ってもらっても霊験など無かろう!」
「具体的にいやあ、『女に飢えたオレの部下たちのために股開け』ってことさ」
「なっ!?」
あまりにも突拍子もない申し出に、アグリアスは一瞬保然とした。異民族や盗賊のような卑しい者どもに捕まりでもしたなら充分覚悟できていたろうが、同胞のしかも聖職者たる枢機卿からこのような事を言い渡されるとは予想だにしていなかったのだ。
アグリアスは顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「なんという!このっ破廉恥漢めっ!枢機卿っ!貴様、恥を知れぇっ!」
しかし、ガフガリオンは涼しい顔で、アグリアスを押さえつけている衛兵たちに指示を出した。
「奉仕活動は地下牢で行う予定だ。連れて行ってやりな」
「こっ、こら!私はそのような事、承諾してはいないぞ!はなせ!まだ話がある!」
「ガフガリオン、御用はそれだけですか」
「ああ、出発の用意ができたんでな、挨拶だ。今から姫様連れてゴルゴラルダに行ってくるぜ。とにかく早い方がいいんだろう?」
「ゴルゴラルダ処刑場かっ!?本気なのかっ!?枢機卿っ!枢機卿っ!考え直せぇーっ!」
バタン、と枢機卿の執務室の重い扉が閉じられると、アグリアスの叫び声はほどんど聞き取れなくなっていった。
「なかなかうまい芝居でしたよ。ガフガリオン」
「しかし枢機卿さん。あいつらは傭兵というのも恥ずかしいくらいのチンピラどもだぜ。オレの部下ってのは少し無理がねえかな。それに、アグリアスはヤツラにゃあもったいない程の上玉だ」
「もったいないとお思いなら、ガフガリオン、あなたが一番初めに彼女の御奉仕を受けてはどうですかな?」
「ハハッ!それもいいかも知らンが、やめておこう。食いちぎられそうだからな!・・・それに、オレがいたんじゃあアグリアスは逃げられねえ・・・。だろ?俺よりも、あンたは受けないのかい?アグリアスの奉仕をよ」
「ほほほ。残念ながら私は聖職者ですからねえ」
「ふン!よく言うぜ!じゃ、そろそろほんとに出発するかな。ラムザがギリギリ間に合うくらいに処刑を始めないといかんからな」
「ええ。では頑張ってください」
全てはゴルゴラルダ処刑場にラムザをおびき寄せ、ラムザの持っているゾディアックストーンと、その命を奪おうという計略なのだった。
ガフガリオンが出て行った後、枢機卿はもう一度笑った。
「せいぜい頑張ってくださいね。ガフガリオン。あなたが成功しようとしまいと、ラムザも、そしてあなたにもこの世から消えてもらうのですから・・・」
枢機卿には枢機卿で更に別の計略があるのだった・・・。
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